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99件が該当しました。


寂静山西方寺(じゃくじょうざん さいほうじ)<知多四国 番外札所>

南知多町/ 知多四国

1件

1516年11月19日に伊勢神宮で火災が続き、天皇が皇太神宮の鬼門にあたる篠島に善光寺如来の分身を安置するよう京都知恩院に命じて建てられた。すべて神宮の古材を使って建てたという。土佐の国月灘村の元月山大勢至菩薩と伊予の国正木の元篠山大権現十一面観世音菩薩を奉安していることから、当寺は月山・篠山霊場といわれる。この寺の善光寺如来像は武田信玄の念持仏ともいわれ、毎年10月14日から翌年4月8日まで本尊...


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御嶽山洞雲寺(みたけさん とううんじ)<知多四国八十八ヵ所巡礼 第六十二番>

常滑市/ 知多四国

2件

第61番高讃寺と同じく、「御嶽三百坊」と呼ばれた高讃寺の一院であった。がしかし戦国時代に今川・織田の戦や紀州の海賊、九鬼水軍の襲来で焼け落ちてしまった。その後御嶽の池を改修した時池の中から阿弥陀如来の坐像が見つかり、この像を本尊として1555年にこの寺が建立された。 【宗派、本尊】西山浄土宗、阿弥陀如来 【場所】みたけ公園近く(Pあり)


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瑞木山円通寺(ずいもくさん えんつうじ)<知多四国八十八ヵ所巡礼 第八十八番>

大府市/ 知多四国

1件

729年に行基菩薩が馬頭観音と准胝観音を刻んで安置したのが始まり。その後戦乱で2度焼け、1343年に夢窓国師を迎えて中興開山した。知多四国一番最後=しもの札所であるため、しも弘法、つうじの神様としても親しまれている。 【宗派、本尊】曹洞宗、馬頭観世音菩薩 【場所】JR共和駅が最寄り駅


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法輪山円観寺(ほうりんざん えんかんじ)<知多四国八十八ヵ所巡礼 第二十五番>

武豊町/ 知多四国

1件

白山城跡に堂宇を構える当寺は、樹齢500年を超えるサザンカの大木がある。大師堂の足元には四国霊場の地図が刻まれており、そこに立ってお参りすると四国霊場巡拝したのと同じご利益があるそう。秘仏・金毘羅大権限を祀る護摩堂は、江戸時代に造られた総ケヤキの立派なもの。観音堂にはボケ封じ観音が祀られている。寺宝に、江戸期の小野市郎筆「襖絵」を改装した屏風がある。 【宗派、本尊】天台宗、阿弥陀仏 【ご利益】学業...


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龍渓山洞雲院(りゅうけいざん とううんいん)<知多四国八十八ヵ所巡礼 第十五番>

阿久比町/ 知多四国

1件

於大の方が嫁いだ久松家の菩提寺。948年菅原道真の孫にあたる雅規公が創建し、彼の子孫である久松定益が禅透和尚を迎え、七堂伽藍を有す曹洞宗寺院として再建した。 毎年3月の第3日曜日には「おせんぼ」という法会があり、良縁を願う女性で賑わう。これは戦国時代を生き抜いた於大の方が「世の女性が自分のような悲運を繰り返さないように」と願ったことに始まるという。 【宗派、本尊】曹洞宗、如意輪観世音菩薩 【ご利益...


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清涼山曹源寺(せいりょうざん そうげんじ) <知多四国八十八ヵ所巡礼 第一番>

-/ 知多四国


560年に桶狭間の戦いで非業の死を遂げた今川方2500人の霊を、寺の北にある小高い丘の上に葬り、弔いました。以後戦没者の戦没者の供養を続けています。  数百年にわたり「寝たきりで下の世話をかける苦悩」を取り除く、しもの守り神・トイレの神様とも呼ばれる「うすさま明王」がまつられています。毎月29日の縁日には、境内に露店も並び賑わいます。 特に11月29日には「豊明の大根炊き」と言われる縁日が行われま...


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法蔵山極楽寺(ほうぞうざん ごくらくじ) <知多四国八十八ヵ所巡礼 第二番>

大府市/ 知多四国


1620年、僧善栄が東浦町緒川にある善導寺の教道所を置いたのがはじまりです。その後百年余り教導が続けられ、地元では「極楽寺さん」と呼ばれ親しまれています。 正面の本堂にはご本尊の無量寿仏、その左手の大師堂は大正8年に建立され、千人の信者から一体ずつ寄進された小さな弘法像千体が両側に並んでいます。 2歳の年、弘法様とともに祈願すれば様々な願いが叶うと言われています。 【宗派、本尊】浄土宗、無量寿仏...


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海雲山普門寺(かいうんざん ふもんじ) <知多四国八十八ヵ所巡礼 第三番>

大府市/ 知多四国


今から約1300年前このあたりは海岸で、毎夜海上に光りを放ち車輪が鳴り響くような不気味な音をあげるものがあり村人たちを不安にさせておりました。ある夜、一人の老人の夢に観音様が現れて「我をまつれ」とお告げがありました。次の朝海岸で一体の観音像を見つけた老人は村人と共にお堂を建ててこの観音像をまつります。すると昨夜までの音が嘘のように静まりました。それがこのお寺の始まりと言い伝えられています。 正面が...


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宝龍山延命寺(ほうりゅうざん えんめいじ)<知多四国八十八ヵ所巡礼 第四番>

大府市/ 知多四国


往古は阿久比町辺りにあり、鎌倉時代に現在地に移ったといわれている。延命寺は七堂伽藍を備える大寺院であったが、戦火のためにすべて消失してしまったという。その後,1533年(天文2)に後奈良天皇より宝龍山という勅額を賜り,さらに横根城主の梶川氏や緒川城主の水野氏,さらに尾張藩主より二十石の禄や田畑山林の寄進を受けるが,かつての勢いを取りもどすことはなかったようである。当時の隆盛をものがたるかのような山...


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延命山地蔵寺(えんめいざん じぞうじ)<知多四国八十八ヵ所巡礼 第五番>

大府市/ 知多四国


1573年地頭・市村伝四郎が地蔵堂を建立したことに始まり、3年後横須賀の長源寺から教岩和尚を迎え開創、1614年日山天朔和尚が伽藍を整え開山。境内には巨大な修業大師像がそびえ立つ。平成16年に本堂の改修工事が終了したばかり。 ☆隣の長草天神社では毎年2月にどぶろくまつりが行われる(大府市の祭り参照)。平成4年12月に大府市指定「無形民俗文化財」第22号の指定を受けた。 ☆第85番清水寺と第88番円...