東海市名和町出身で2019年「東海市ふるさと大使」に就任した木原 龍一(きはら・りゅういち)選手は日本のフィギュアスケート選手で、現在はフィギュアペアスケーターとして「りくりゅう」の愛称で親しまれています。4歳からスケートを始め、2013年にペアに転向、2019年より、三浦 璃来(みうら・りく)選手とりくりゅうペアを結成しました。
2月12日(日)に四大陸フィギュアスケート選手権2023があり、前半のショートプログラムで首位に立っていたりくりゅうペアが優勝しました!
四大陸選手権ペアで日本勢が優勝するのは初めてのことです。知多半島出身の人が活躍しているのはとても嬉しいものですね!今シーズンも大活躍のりくりゅうペアから目が離せません。優勝をお祝いして、東海市出身の木原 龍一選手の「ちたまるスタイル」に掲載された過去のインタビューをまとめました。
【ちたまるスタイル2022年5月号】
「りくりゅう」ペアが日本初の快挙!東海市出身・木原龍一選手が市役所へ表敬訪問
<以下、掲載文引用>
東海市名和町出身で、同市のふるさと大使を務めるフィギュアスケートの木原龍一選手。現在、三浦璃来選手と「りくりゅう」ペアの愛称で親しまれ、数々の功績を残しています。北京冬季オリンピックでは団体銅メダル、個人戦7位入賞と日本初となる快挙を達成。その後、世界フィギュアスケート選手権では、日本勢過去最高成績となるペアでの銀メダルに輝きました。
3月29日、各大会を終えて帰国した木原選手。翌日、東海市役所へ表敬訪問に訪れました。花田勝重市長をはじめ職員に温かく迎えられながら、各大会の結果を報告しました。
「オリンピックは、自信を持って臨むことができ、自分の目標としていた順位を獲得できました。世界選手権では、メダルを獲得できて嬉しかったもののベストな滑りができず悔いが残っています」と各大会を振り返りました。
また、市民からのエールが原動力になっていたそうで「皆さんが応援をしてくださっていたのは、母から聞いていました。一番苦しい時に足を動かしてくれたのは皆さんの応援だったと思います。本当にありがとうございました」と話しました。
「やっぱり地元は落ち着きます」と和やかな表情。しかし、アイスショー出演などを控えており、ゆっくり地元を堪能することはできず「落ち着いたら地元の友人に会いたい」と話す一面も。
「来シーズンは、今シーズン以上に安定した演技をして皆さんに驚きを届けたいです。4年後はもちろん目指している場所で、今度は個人戦でメダル争いに絡めるような選手に成長していきたいです」と語りました。
見る人を楽しませる「りくりゅう」ペア。氷の舞台で、今後も新たな活躍を見せ続けてくれるでしょう。
【ちたまるスタイル2019年7月号】
新しく委嘱された東海市ふるさと大使にインタビュー
<以下、掲載文引用>
-ふるさと大使に任命された時の気持ちをお聞かせください。
まさか自分が選ばれると思っていなかったので、正直驚いたのと自分に務まるだろうか…という不安がありました。自分が育ってきた東海市ふるさと大使になれたことは、本当にありがたいですし、頑張っていきたいと思っています。
-木原さんにとって、東海市の魅力はなんでしょうか。
いい意味で田舎だし、いい意味で栄えている部分もあるところですかね。僕自身、都会があんまり好きではなくて…高層ビルに囲まれているところが得意ではないです。東海市は、自然もあって生活するのにちょうど良い都会的な要素もあるので、とても住みやすいと思います。
-幼少期の思い出を教えてください。
幼い頃から活発だったので、自転車で色々なところへ出かけていました。休みの日には朝の7時ぐらいから、しあわせ村や大池公園に友達と遊びに行ってましたね。一度だけですが、名古屋市のツインタワーまで2時間ぐらいかけて行ったこともあります!
-今後、東海市をどのようにPRしていきたいですか。
発信するのが得意ではないのですが、フィギュアスケートを通じて、東海市の魅力や良さを日本中・世界中に広めていけたらいいなと思います。
-今後のご自身の目標を教えてください。
今はケガをしてしまって、しっかり練習ができていない状態なので、しっかりと治して一日も早くペアスケーターとして戻れるようにリハビリに励んでいきたいです。
また、活動を応援していただいている方々の声援が日々励みになっています。なかなか感謝の言葉をお伝えする機会は少ないですが、期待に応えられるよう頑張っていきたいです。
※掲載内容は、ちたまるスタイル取材時のものです